公開情報 CAST・STAFF Introduction Story


もう一度、家族に会いたい―
シベリアから祖国ドイツまでの遥か9000マイルを、3年の歳月をかけて歩き続けた男の真実の物語

2002年ヒューストン国際映画祭 グランプリ/最優秀アドベンチャー映画賞
2001年ドイツ・ビーベラッハ映画祭 観客賞/国際審査員賞
2002年フランス・ヴァランシエヌ映画祭 特別賞
2002年ニューポート・ビーチ映画祭 功労賞
2002年フィラデルフィア国際映画祭 正式出品
2003年ゆうばりファンタスティック国際映画祭 審査員特別賞

監督・脚本:ハーディ・マーティンス(「カスケーダー」)
出演:ベルンハルト・ベターマン ミヒャエル・メンドゥル イリーナ・パンタエヴァ

2001年ドイツ/ドイツ語・ロシア語/158分/35mm/カラー/シネマスコープ/ドルビーSR
原題:SO WEIT DIE FUSSE TRAGEN

後援 東京ドイツ文化センター

協力
 ルフトハンザドイツ航空

配給東芝エンタテインメント株式会社 、アルシネテラン

 
各地で絶賛上映中!
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日比谷スカラ座2 03-3591-5358 日比谷・東宝映画街東京宝塚ビルB2F
※全席指定入替制 (初回のみ自由席)

その他都市の公開予定
大阪 ナビオTOHOプレックス 1月24日(土)〜
福岡 シネ・リーブル博多駅1,2 2月下旬
愛知 中川コロナワールド 2月21日(土)〜
宮城 仙台コロナワールド 3月20日(土)〜
群馬 太田コロナワールド 4月10日(土)〜


クレメンス・フォレルの辿った道のグッズプレゼントキャンペーン!
1月20日(火)初回ご来場の方 先着30名様
ロシア 「マトリョーシカストラップ」(提供:マリンカ
ちょっと珍しいロシアの陶磁器、民芸品、雑貨などをご紹介するお店です。

1月27日(火)初回ご来場の方 先着30名様
トルコ 目玉の形のお守り「ナザールボンジュウ」
(提供:アラトゥルカ
自らトルコで買い付けてきた、こだわりの手織り絨毯とキリムの専門店。

2月3日(火)初回ご来場の方 先着30名様
ドイツ フカフカのオーガニックコットンでできた「ハンドタオル」
(提供:ブレーメンの散歩道
ドイツ・ブレーメンのLeelaCOTTON社とイギリス・ロンドンのGOSSYPIUM社の輸入元として
オーガニックコットン製品を輸入卸売をしています。

LINK!
日本独文学会  http://wwwsoc.nii.ac.jp/jgg/

CAST・STAFF/キャスト・スタッフ
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ハーディ・マーティンス / 監督・製作・共同脚本
[HARDY MARTINS]

1963年、ドイツ・バーデン生まれ。スタントマンを目指し、ロサンゼルスのインターナショナル・スタント・アソシエーションで2年間学ぶ。パリに渡った後、ドイツに戻り、ミュンヘンでスタントマンとしてのキャリアをスタートする。スタントマンとして活躍後、自らの手でドイツ製のスタントアクション映画を作ろうと、製作のジミー・C・ゲルムとともにカスケーダー・フィルムプロダクションを設立。その無鉄砲ぶりが話題を呼んだ前作『カスケーダー』(98)で監督の仲間入りを果たしたマーティンスは、本作でも再びゲルムと組み、壮大なベストセラー小説の映画化に見事成功した。また、クロード・シャブロルの「Docteur M.」(90)やヴィム・ヴェンダースの『時の翼に乗って』(93)などにも出演している。

ヨゼフ・マーティン・バウアー / 原作
[JOSEF MARTIN BAUER]

1901年3月11日バイエルン州タウフキルヒェン生まれ。大学を中退後、事務員、帳簿係、工場労働者、地方紙の編集者などのアルバイトで生計をたてる。その頃同時に、「Achtelsiedel」、「Die Salzstrase」、「Das Haus am Fohlmarkt」などの作品を発表し、大きな成功を収める。1930年に「ドイツ作家青年賞」を受賞。新しい文学のジャンルである放送劇に関心を持ち、多くの作品が電波を通して人々に知られるようになる。第2次大戦の間は兵卒として召集され、エルブルス(コーカサスの最高峰)を登った体験を「コーカサスの冒険」(50)で描いている。その後、沈黙の時期が続いたが、1955 年には本作の原作「As far as my feet will carry me(So weit die Fuse tragen)」を発表し、大ベストセラーとなる。その後、15ヶ国語に翻訳され、これまで世界中で3000万部を売り上げている。1958年秋には、「Kranich mit dem Stein」で枢機卿ファウルハーバーの人生を描いた。1970年3月15日逝去。




ベルンハルト・ベターマン / クレメンス・フォレル
[BERNHARD BETTERMANN]


「私の両方の祖父は2人とも何年もロシアの捕虜収容所にいて、故郷に戻ってすぐに癌で亡くなりました。ですからこの作品は、私にとって自分自身の過去への旅でもあるのです。クレメンス・フォレルの役は、これまでで1番やりがいのある、難しい役であったことは間違いありません。」(ベルンハルト・ベターマン)

パリ生まれ。ドラマ 「All Out」(89)で映画デビュー。6年後に、スイス映画 「Das stille Haus 」(クリストフ・フォアスター監督)で主役に抜擢されスクリーンに登場。続いて、ギリシャのロードムービーである「Balkanisateur 」(96)に出演し、トーマス・ボーン監督の「狙×撃×者 」(1997)ではハイノー・フェルヒやデニス・ホッパーと共演した。フランク・バイヤーあるいはハルトムート・グリースマイヤーといった著名な監督との出会いにより、色々なテレビ作品の主役を演じた。主な主演作は、「Die Callboys」(クリスティアーネ・バルタザー監督)、「Liebe ist starker als der Tod」(ドミニク・オテナン・ジェラール監督)、「Aeon - Countdown im All」(ホルガー・ノイホイザ監督)など。



ミヒァエル・メンドゥル / ドクター・シュタウファー
[MICHAEL MENDL]

ドイツ映画界ではカリスマ的な性格俳優の一人。映画デビューは、シェリー・ホーマンの「Leise Schatten」。同年、ゾンケ・ヴォルトマンの大ヒット作「Kleine Haie」に出演する。ヨゼフ・ヴィルスマイアーの世界的ヒット作「Schlafes Bruder」や、『トンネル』の監督ローランド・ズソ・リヒターのドラマ「14 Tage Lebenslanglich」に出演し、1998年にはバイエルン映画賞を受賞するなど映画俳優としての地位を確立した。シリーズ「事件現場」(89)でテレビ初登場、好評を博した。サンドゥラ・ネッテルベックの賞を受けたテレビ映画「マンマ・ミーア」では、センタ・ベルガーやクリスティアーネ・パウルと共演、ザールブリュッケンでマックス・オフュルス賞を受賞した。



アナトリー・ヴラディミロヴィチュ・コテニョフ / カメリアフ中尉
[ANATOLY KOTENYOV]

本作が初めてのドイツ映画出演作。モスクワのアカデミー芸術劇場で俳優としての養成をうけ、ロシアではすでに多くの映画に出演している。主な主演作品は、「Matrose Schelesnjak」(85)、「Gib weiter」(88)、「Der vierte Planet」(94)、「Deserteur」(91)など。現在は、故郷のミンスクで映画俳優劇場の舞台に立っている。



ハンス・ペーター・ハルヴァクス / バウドゥレクセル
[HANS PETER HALLWACHS]

1967年にフォルカー・シュレンドルフの「Mord und Totschlag」に出演、ドイツ連邦映画賞を受賞。70年代後半には、ヴォルフ・グレム監督によるエーリヒ・ケストナーの小説「ファビアン」の映画化作品で主人公を演じる。その後も、マックス・オフュルス賞を受賞したヘルムート・ベルガーの「Nie im Leben」(90)、ローランド・ズソ・リヒターの「After the Truth」(98)、トルステン・シュミットの処女作「Schnee in der Neujahrsnacht」などに出演している。またテレビでは多くの作品で主人公を演じ、ドイツの名だたるテレビ監督と一緒に仕事をしている。



イリス・ベーム / カトゥリン
[IRIS BOHM]

ベルリンの有名な演劇大学ルンスト・ブッシュで演劇を学んだ後、数々の舞台に出演し、演劇女優としてのキャリアを積む。90年代半ば以降、テレビ映画やテレビシリーズへ出演。1997年にはニキ・スタイン演出の人気テレビシリーズ「事件現場―偶像破壊マニラ」に登場、1998年には、マーク・シュリヒターのシマンスキーのカムバック番組「シマンスキー 兄弟姉妹」で注目を浴びる。その翌年には、ハインツ・ホーニッヒ、
ハイナー・ラウターバッハ、ミヒャエル・メンドゥルと共に、ベルンハルト・フィッシェラウアーのテレビ3部作「二人のエースと一人の王」に主演し、人気を博す。本作のフォレルの妻役が映画初出演となる。





Introduction/解説
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世界中を感動の渦に巻き込んだ、実話に基づく大ベストセラー小説の完全映画化
本作は最愛の家族との約束を果たすため、遥かユーラシアの大地、9000マイル(14,208km)を命を賭けて歩き続けた男の感動の物語である。監督は「カスケーダー」で一躍時の人となったハーディ・マーティンス。ヨーロッパでは知らない人がいない程有名な実話を壮大なスケール感で描き上げ、ヒューストン国際映画祭グランプリをはじめ、2003年ゆうばり国際ファンタスティック映画祭での審査員特別賞など世界中の映画祭で数々の賞を獲得した。

ユーラシアの雄大な大自然を舞台に描かれる、臨場感溢れるドラマの数々
撮影はベラルーシ、ウズベキスタン、ドイツと全工程64000kmにもなるオールロケを敢行。時に氷点下32℃の凍てつくような寒や52℃という信じられないような暑さなど、苛酷な自然との闘いの中、撮影は1年にも渡り、総スタッフ数277人、エキストラ11,480人という大規模なものになった。『シベリアの理髪師』『コーカサスの虜』などこれまで数々の名作を撮ってきた、ロシアの誇る撮影監督パーヴェル・ルベシェフによって収められた、壮大な大自然とスペクタクルは圧巻である。

 
 
Story/物語
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かけがえのない家族との絆、必ず帰るという強い想い。ひとりの男の信念が、いま奇跡を起こす―
第2次大戦後、戦犯として強制収容所へと送還される事となったドイツ兵士クレメンス・フォレル。
1年かけて辿り着いた先、そこは鉄条網も監視塔もない極寒の地シベリアの最果てだった...
「必ず帰る―」愛する家族との別れの際にかわした約束を果たすため、彼は見渡す限り氷の砂漠に囲まれた脱出不可能といわれる収容所から命からがら逃げ出す。
彼を追うソ連軍カメリアフ中尉の執拗な追跡・・・何度も絶体絶命の危機に陥りながらも、逃亡の際に出会ったユッピック族やユダヤ人など、国境や人種を越えて彼に救いの手を差し伸べる人々に支えられ、フォレルは最愛の妻と娘との再会を信じ、祖国ドイツへと向かう―



クレメンス・フォレルの辿ったシベリアからドイツまでの9000マイル(14,208km)
デジネフ岬(ソ連)−チタ(ソ連)−ウラン・ウーデ(ソ連)−ノヴォシビリスク(ソ連)−タブリーズ(ペルシャ)
−テヘラン(ペルシャ)−アンカラ(トルコ)−ミュンヘン(ドイツ)



氷海の伝説_sb



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