CAST・STAFF Introduction Story


ヴァチカン震撼 今世紀最大の金融スキャンダルの真相がいま暴かれる!

監督・脚本:ジュゼッペ・フェッラーラ
出演:オメロ・アントヌッティ、ジャンカルロ・ジャンニーニ、ルトガー・ハウアー、アレッサンドロ・ガスマンほか。

2002年 /イタリア/125分/35mm/カラー/:1.66ヴィスタサイズ/ドルビーSR/
CAST・STAFF/キャスト・スタッフ
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監督・脚本:ジュゼッペ・フェッラーラ giuseppe-ferrara.aitek.org/
[GIUSEPPE FERRARA]

1932年7月15日トスカーナ地方カステルフィオレンティーノ生まれ。フィレンツェ大学でロベルト・ロンギに映画脚本の執筆について学び、文学士を修め卒業。大戦を経て、52年映画会社に入って宣伝の仕事に付く。57年より映画批評家としても活動し、59年よりチェントロ(ローマ中央映画実験センター)で演出について学ぶ。60年には映画月刊誌「Film Selezione」、RAIのためにTV作品の台本なども執筆し、更に短篇「Bambini nell'acquedotto」を監督て高い評価を得、イタリア映画記者連盟が選ぶナストリ・ダルジェント(シルヴァー・リボン)賞の最優秀実験短篇映画賞を受賞。その後も多数の短篇を監督しながら、「Bianco e Nero」「Cinema」「Cinema Nuovo」「Cinema '60」「Filmcritica'」 「Enciclopedia pratica dello spettacolo」といった批評集、辞典、年鑑など映画に関する著書を次々と出版。63年にはチェーザレ・ザヴァッティーニ監修によるオムニバス「I misteri di Roma」の挿話を監督。64年よりアッカデミア・ローズバッド・ディ・ローマ(ローマ"バラつぼみ"映画院)の映画演出部門の学長にも就任。69年より長篇「Il sasso in bocca」に取掛かり、71年スポレート映画祭の最優秀賞を受賞。74年は「La citta' del malessere」でナストリ・ダルジェント賞の最優秀短篇映画賞を受賞。75年は長篇第二作「Faccia di spia」でタオルミナ映画祭の銀賞を受賞。以後は、長篇作品に専念し、「La salute non si vende」(77)、アヴェッリーノ映画祭監督賞受賞の「Panagulis vive」(81)、「Cento
giorni a Palermo」(84)を発表。86年はジャン・マリア・ヴォロンテ(本作は彼に捧げられた)の主演でアルド・モーロ暗殺事件を描いた衝撃作「首相暗殺」で評判となった。その後もドキュメンタリー「Contra-diction (Il caso Nicaragua)」(87)、「Narcos」(92)、「Giovanni Falcone」(93)、ドキュメンタリー「Segreto di State」(95)といったイタリアの政治汚職やマフィアの問題などに取組む。今回は豪華キャストを得て長期の取材を元に謎のカルヴィ事件を大胆に取組み話題を集めた。

音楽:ピーノ・ドナッジョ
[PINO DONAGGIO]

1941年11月24日ヴェネツィアの離島ブラーノ生まれ。本名Giuseppe。父は作曲家で音楽家。10歳からヴァイオリンを学び、ヴェネツィアのB.マルチェッロ音楽院に入学。その後、ミラノのG.ヴェルディ音楽院に移り、14歳にしてRAIでのラジオ・コンサートでヴィヴァルディを演奏。その後、クラウディオ・シモーネ率いる合奏団「イ・ソリスティ・ヴェネティ」に招かれ、ヴァイオリニストとして活動。59年夏、ロック音楽に出会い、クラシックの道を離れる。早くもポール・アンカのコンサートで歌うことが出来、歌手デビュー。その後、作曲にも取組み、61年サンレモ音楽祭でテディ・レノとのコンビで自作の「コメ・シンフォニア」で参加し、後にチャートの一位を獲得する大ヒットとなる(年間10位)。以来、同音楽祭に度々参加し、63年は「ジョヴァネ・ジョヴァネ」で3位入賞、64年「悲しき愛のテーマ」で入賞。65年はアメリカの歌手ジョディ・ミラーと歌った「この胸のときめきを」で評判となり、ダスティ・スプリングフィールドの英語版も大ヒットし、71年エルヴィス・プレスリーが歌って世界的スタンダードとなる。その後、「青空に住もう」」(66・入賞)、「この愛に生き
て」(67・入賞)、「いつものこと」」(68・選外)、「天使のほほえみ」(70・選外)、「最後の夢見る人」(71・入賞)、「哀愁の日々」(72・選外)で同音楽祭に参加し、ヒットを連発。73年、ニコラス・ローグの『赤い影』でスコアを担当して評判となり、これ注目したブライアン・デ・パルマが『キャリー』(75)で起用。以来、映画音楽の作曲家として人気を集め、デ・パルマの『殺しのドレス』(80)、『ミッドナイトクロス』(81)、『ボディ・ダブル』(84)などはもとより、『ハウリング』(81)、フェッラーラの「首相暗殺」(86)、ダニエル・シュミットの『デ ジャ ヴュ』(87)、ダリオ・アルジェントの『トラウマ』(93)他、プーピ・アヴァーティの「オーメン黙示録」(96)、フィリップ・ハースの「Up at the Villa」(00)、そしてティント・ブラスの一連の作品と、アクション、ホラー、サスペンス、アート系と幅広く担当。新作「Toyer」で久しぶりにデ・パルマと組む。




オメロ・アントヌッティ (ロベルト・カルヴィ)
[OMERO ANTONUTTI, Roberto Carvi]

1935年8月3日イタリア、ウディーネ生まれ。トリエステの造船所で働いていたが、当地のスタービレ劇場の舞台に出演したのを期に役者に転向。62年よりジェノヴァ劇場と契約し、カルロ・ゴルドーニ作《ヴェネツィアのふたご》(64)、ルイージ・スクワルツィーナ作《Cinque giorni alporto》(71)、《8 settembre》(72)、《Rosa Luxemburg》(76)といったスクワルツィーナ演出作品で活躍。また、ロベルト・ロッセリーニの「Anno uno」(74)、ルイージ・コメンチーニの「La donna della domenica」(75)といった映画にも出演。76年退団し、タヴィアーニ兄弟のカンヌ映画祭グランプリ受賞作『父/パードレ・パトローネ』(77)でガヴィーノ・レッダの頑固な父を演じて、41才にして映画界にもその名を知られることなる。80年にはギリシアの名匠テオ・アンゲロプロスの意欲作『アレクサンダー大王』に主演し、堂々たる演技を披露。その後もレナート・カステッラーニ監督によるTV「Giuseppe Verdi」(82)、ファビオ・カルピの「Quartetto Basileus」(82)といった作品で活躍し、『サン★ロレンツォの夜』(80)、『カオス/シチリア物語』(83)、『グッドモーニング・バビロン!』(87)といったタヴィアーニ兄弟作品にも立続けに登場し、強烈な印象を残す。他にもエリセの『エル・スール』(83)、サウラ『エル・ドラド』(87)、ベロッキオの『サバス』(87)、ラファエル・アルカサルの「El laberinto griego (ギリシアの迷宮)」(91)、ペドロ・オレアの「フェンシング・マスター」(92)、オルミの「Il segreto del Bosco Vecchio」(94)、コルビオの『カストラート』(94)、俳優ミケーレ・プラチドの「Un erde borghese」(95)といった国内外の傑作、話題作に多数出演。また、フラッツィ兄弟の「Dopo la tempesta」(96)、マリオ・モニチェッリの「Come quando fuori piove」(00)といったTV映画などでも活躍。98年は「笑う男」で久しぶりにタヴィアーニ作品に出演。声の良さも定評で、『ライフ・イズ・ビューティフル』(97)の再編集版では成人となったジョズエの声を担当。演奏会などでは語りの仕事などで舞台にも出演している。



ジャンカルロ・ジャンニーニ (カルボーニ)
[GIANCARLO GIANNINI, Carvoni]

1942年7月13日イタリア、ラ・スペツィア生まれ。ナポリで育ち、ローマ国立演劇院で学んだ後、63年フィエゾーレでの《夏の夜の夢》のパック役で舞台デビュー。続いてフランチェスコ・ロージの舞台初演出作《In memoria di una signora amica》に主演。64年はフランコ・ゼッフィレッリがオールド・ヴィクで演出した伊語版《ロメオとジュリエット》に主演し、以後、ジョヴァンニ・ヴェルガ作《La lupa》(65)、アンナ・マニャーニ共演《ブラック・コメディ》(66)といった彼の舞台に主演。
 65年、リーナ・ヴェルトミュラーの初監督作「Rita la zanzara」(65)に出演。以来、「Mimi metallurgico ferito nell'onore」(71)でダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞を受賞し、73年は「Film d'amore e d'anarchia」でカンヌ映画祭主演男優賞を受賞。『流されて』(74)の世界的ヒットでスタダムに躍り出、76年には『セブン・ビューティーズ』(75)でアカデミー賞の主演男優賞にもノミネートされるなど、コンビ作で人気と評価を確立した。声優としても高く評価され、ヴィスコンティは『ルートヴィヒ』伊語吹替えに起用し、遺作『イノセント』では主演に抜擢。他にも『ジェラシー』(70)、『高校教師』(72)、『哀しみの伯爵夫人』(74)などで好演し、79年『華麗なる相続人』以来、活動の場を広げ、『リリー・マルレーン』(81)などに主演。84年の「ピコーネのよこした使い」でドナテッロ賞を受賞。『ニューヨーク・ストーリー』(89)のコッポラ篇以来、『雲の中で散歩』(95)、『ミミック』『ロルカ 暗殺の丘』(97)といった英語作品にも出演。また銀リボン賞は「La stanza dello scirocco」(94)で主演賞、『星降る夜のリストランテ』(98/共演者と)、『ハンニバル』(00)で助演賞を受賞。ドナテッロ賞は「Come due coccodrilli」(94/ジャーコモ・カンピオッティ)で助演賞、「Celluloide」(94/カルロ・リッツァーニ)、「Ti voglio bene Eugenio」(02/フランチェスコ・ホセ・フェルナンデス)で主演賞を贈られ、プーピ・アヴァーティの「Il cuore altrove」(03)で助演賞候補となった。新作はデンゼル・ワシントン共演「Man on Fire」(トニー・スコット/03)。



ルトガー・ハウアー (マルチンクス大司教)
[RUTGER HAUER, Vescovo Marcinkus]

1944年1月23日オランダ、ユトレヒト生まれ。両親は俳優。15歳で水兵に志願するが、色盲のため短期で帰京。自己鍛練のため入隊し、そこで高い評価を得る。士官昇進を辞退し、スイスで山岳ガイドとなる。その後、バーゼルの劇場で裏方の仕事にも就いた。帰国し、アムステルダムの演劇学校で演技を学ぶ。23歳で卒業するや地方劇団に入って5年間活動し、在団中は《二十日鼠と人間》を自ら脚色。68年には映画に初出演し、翌年ポール・ヴァーホーヴェン監督によるTVシリーズ「Floris」の主演で国内での名声を得、同監督による74年アカデミー賞外国語映画賞候補作「危険な愛」[v](73)で映画主演デビュー。その後も「娼婦ケティ」[v](75)、「女王陛下の戦士」[v](77)、「スペッターズ」[v](80)で同監督とのコラボレーションを続けると共に「ダンデライオン」[v](74)、『ケープタウン』、「コールド・ブラッド」[v]、「キャンサー/カニ座の女」[v](75)、『ココ・シャネル』『ナイトホークス』(81)といった国内外の作品やベルギーの名匠アンドレ・デルヴォーの「Femme entre chien et loup」(79)といった作品に次々出演。82年『ブレードランナー』のレプリカント役で一躍スターとなり、翌年はローグの「錆びた黄金」、ペキンパーの『バイオレント・サタデー』に出演。85年は「グレート・ウォリアーズ/欲望の剣」でヴァーホーヴェンと組むと共に大作『レディホーク』に主演。その後も『ヒッチャー』(86)、『WANTED/ウォンテッド』(87)、『サルート・オブ・ザ・ジャガー』(88)で悪役からヒーローまで演じ、シアトル映画祭主演男優賞を受賞したオルミの名作『聖なる酔っぱらいの伝説』(88)、ヴェルトミュラーの『ムーンリットナイト』(89)とイタリア映画でも活躍。以後も『ウェドロック』(91)、『バッフィ/ザ・バンパイア・キラー』(92)、製作総指揮もつとめた『処刑脱獄』(93)と『 MR. STITCH/悪魔の種子』(96)、ゴールデン・グローブ賞TV男優賞候補作『ファーザーランド/生きていたヒトラー』(94)など多数出演。本作後はジョージ・クルーニー監督『コンフェッション』(02)に出演。HPは[www.rutgerhauer.org/]。



アレッサンドロ・ガスマン(パツィエンツァ)
[ALESSANDRO GASSMAN, Pazienza]

1965年2月24日ローマ生まれ。父は故ヴィットリオ・ガスマン、母はフランス女優ジュリエット・メニエル。学生の頃、父と共同監督・執筆した「Di padre in figlio」(82)で映画初出演。その後もドストエフスキー作《I misteri di Pietroburgo》(82)、パゾリーニ作《Affabulazione》(84)といった父の演出舞台にも出演。86年はミリアム・ルーセル共演「肉体のバイブル/禁断の賛美歌」[v](86)で本格的に俳優活動を開始。87年はルカ・ロンコーニ演出《カルメル会修道女の対話》、グラウコ・マウリ演出《夏の夜の夢》といった舞台や、フランコ・ロッシ監督のTVシリーズ「Un banbino di nome Gesu'」などで活躍。88年は父の代表作「I soliti ignoti」(58/マリオ・モニチェッリ)の続編「I soliti ignoti vent'anni dopo」に父と出演し、90年は《Poesia la vita》《Viaje en la poesia》という詩の朗読劇、92年はメルヴィル作《白鯨》で父の演出舞台に出演。RAI制作のTV作品にも多数出演し、93年はマウロ・ボロニーニ監督「Casa Ricordi」(93)ではオペラ作曲家ドニゼッティ役、ニコラス・ローグ監督「Samson and Dalila」(96)ではサムソン役を演じ、十字軍を描いたドミニク・オトナン=ジラールの『クルセイダーズ』(00)にも出演。映画も「モニカ・ベルッチのエッチなだけじゃダメかしら?」[v](92)、ビガス・ルナの『ゴールデン・ボール』(93)、フェルザン・オツペテクのカルト・ヒット「ハマーム」(96)、そしてコモ湖を舞台にした英国映画『河畔のひと月』(97)、父との最後の共演作「La Bomba」(99/ジュリオ・バーゼ)、ベアトリス・ダル共演「Toni」(99/フィロメーヌ・エスポジト)と幅広く出演した。舞台ではパトリック・マイアーズ作《K2》(99)、サヴェリオ・マルコーニ演出《お熱いのがお好き》(00/1)、ハイスミス原作《Delitto per delitto》(01/2)といった話題作に次々と出演。その後、久しぶりの映画で悪役を演じた後、ロドヴィコ・ガスペリーニ監督のTV「La guerra e' finita」で好演し、ビアリッツ映像祭の男優賞を受賞した。一方、サン=ローランの香水「Opium」のイメージ・モデルなども勤め、鍛えられた肉体を披露している。



パメラ・ヴィッロレージ (クララ・カルヴィ)
[PAMELA VILLORESI, Clara Carvi]

1957年10月26日フィレンツェ、プラト生まれ。繊維工場主の父はイタリア人、母はドイツ人。
14歳の時、地元のメタスタージョ演劇スタジオで演技のコースを受講するが、ローマに移って、若
者による実験的な劇団"off"に参加。73年ゴーリキー作《Il revisore》で本格デビューし、74年は《フィガロの結婚》に出演。75年はダヌンツィオ作《イオリオの娘》を演じ、「Marco Visconti」でTV、ミクローシュ・ヤンチョーの「Vizi privati, pubbliche virtu'」で映画にデビュー。76年『ラストコンサート』の難病を背負ったヒロインで日本で人気を獲得する一方、ジョルジョ・ストレーレル演出で話題となったゴルドーニ作《イル・カンピエッロ》に出演。その後も映画『サハラクロス』(77)、ジュリアーノ・モンタルドの「Il giocattolo」(79)や、タルガ・ドーロ賞新人賞に輝いたマルコ・ベロッキオ自身で演出した舞台《かもめ》のTV収録「Il gabbiano」(77)などTV作品などにも出演。しかし、舞台活動がメインとなり、ゴルドーニ作《アルレッキーノ》(78)、ストリンドベリ作《Temporale》(79)といったストレーレル演出作品に出演し、83年はレッシング作《Minna von Barnhelm》(83)でウブ演劇賞の最優秀女優賞を受賞。他にもヴィットリオ・ガスマンと共演《オセロー》(82)、ウブ賞受賞《カルタゴの女王ディドーネ》(87)といった話題作でイタリア演劇界を代表する存在となる。88年は『スプレンドール』で久しぶりに映画出演。90年はTV『ジャッカルを追え』、タヴィアーニ兄弟の『太陽は夜も輝く』、ジャーコモ・バッティアートの「Cellini」などにも出演し、ハンプトン作《危険な関係》
伊初演に続いて舞台演出にも挑戦。93年はストレーレルと再会し、ゴルドーニ没後300年として《キオッジャの大騒ぎ》を国内外で演じて喝采を浴び、94年もマリヴォー作《奴隷の島》で組んだ。その後も《アンティゴネー》(95)、《冬物語》(01/2)、ゴルドーニ作《宿屋の女主人》(01/03)などで堂々たる演技を披露し、語りとして演奏会などにも出演。今回の久しぶりの映画出演で主人公の妻役で熱演を残した。HPは[www.pamelavilloresi.com]。




Introduction/解説
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世界中を驚愕させた、実話に基づく国家犯罪サスペンス
1882年のイタリア・アンブロジアーノ銀行頭取ロベルト・カルヴィの死は、目に見える権力、そして見えない権力との間で紛糾が起きたために、本国イタリアはもちろんのこと、欧米諸国全体をも震撼させた最も重要な事件である。本作は、教皇庁の複雑な金融トリックのために不名誉なレッテルを貼られた金融業者シンドーナの代わりに、金融界での権力を得たカルヴィが、最終的にロンドンで死体となって発見されるまでを描いている。そこに至る経緯には、ヴァチカン銀行IORの総裁マルチンクス大司教をはじめ、他の銀行家たち、マフィア、秘密情報機関、CIAなどと、カルヴィのまさしく命をかけた秘密裏の微妙な駆け引きが展開していく。銀行家として危険な橋を渡りながらも、愛する家族は巻き込むまいと必死で生き抜いたカルヴィの壮絶な最期。自殺か、他殺か―。陰謀や策略が渦巻く権力の中枢で起こった事件がいま暴かれる


ジャンカルロ・ジャンニーニ×ルトガー・ハウアー
ハリウッド俳優の共演にベテラン監督の手腕が光る

1980年代のイタリアにおいて最も重要な事件であるロベルト・カルヴィの死。『首相暗殺』『100日の凶弾』などの社会派作品で定評のあるベテラン監督ジュゼッペ・フェラーラは、世界を震撼させたこの金融スキャンダルを見事に完全映画化。謎の死を遂げたカルヴィを演じるのは、『父/パードレ・パドローネ』などのタヴィアーニ兄弟作品にも多数出演しているオメロ・アントヌッティ。さらに、ジャンカルロ・ジャンニーニ(『ハンニバル』)やルトガー・ハウアー(『ブレードランナー』)らハリウッドでも活躍する俳優達がこの事件のキーマンを演じており、贅沢なキャスティングが実現した。そしてピーノ・ドナッジョ(『キャリー』『殺しのドレス』)の音楽が、スリリングな物語の展開をいっそう盛り上げている。

Story/物語
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この物語は、アンブロジアーノ銀行頭取ロベルト・カルヴィが、教皇庁の複雑な金融のトリックのために不名誉なレッテルを貼られた金融業者シンドーナに取って代わる瞬間から始まる。
ヴァチカン銀行IORの庇護を受けたカルヴィは、アンブロジアーノ銀行の管理を、内密の政治的取引によって負債を抱えた外国の関連会社に秘密裏に譲渡した。その違法活動に気づいた監査役のイタリア中央銀行は、息のかかった裁判官や検査官を使ってカルヴィを追い詰めていく。自殺を試みたり、裁判官に偽証させるなど、様々な策略を駆使しながら必死になって銀行崩壊を避けようとするカルヴィだが、IORは自らの地位が危うくなると見るや、その関係を否定する。愛する家族と自らを危険から守るため、数々の脅迫を受けながらもカルヴィは国外へと逃亡を果たすが、その後テムズ川のブラックフリアーズ橋の下で、首吊り死体で発見されることとなる…。



 
             



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