イントロダクション


君が望むなら、僕は君の元を去る。君が望むなら、僕は、君に触れたい。
5世紀フランスを舞台に、伝説の純愛物語が現代に甦る-


心から愛する人に誤解され、別れを告げられたら……
身を引くのが愛なのか?それとも身の潔白を晴らすまで説得するのが真実の愛なのか?
人を愛するとは何か?愛とは?
この普遍的かつ永遠のテーマを、フランス映画界の巨匠エリック・ロメールが、彼ならではのユーモアと官能を織り交ぜて描いた『我が至上の愛~アストレとセラドン~』。小鳥のさえずりとともに、時の流れを忘れるような緩やかで軽やかなリズムで綴られる、陽光の中で輝く若い恋人たちの瑞々しくひたむきなこの愛の物語は、観る者に人を愛することの喜びを感じさせてくれる。
ローマ時代―純粋な愛を育んでいた羊飼いのアストレとセラドン。しかしアストレは、セラドンが浮気をしたと思い込み、「私の前にもう二度と現れないで欲しい」と拒絶する。 絶望したセラドンは入水自殺を図るが、ニンフ(精霊)に助けられ、死を逃れていた―。その端麗なる容姿からマダムに気に入られ、村へ戻ることを許されないセラドン。彼を兄のように慕うレオニードの計らいでマダムの城から脱出するが、アストレの「二度と現れないで欲しい」という言葉を忠実に守り、彼は村には戻らずに森で暮らし始める。そんなセラドンを不憫に思ったレオニードとドルイド僧が、アストレに会う機会を彼に与えようとするが―。愛するがゆえに命をも顧みないひたむきさを持ちながらも、容姿の美しさでニンフ(精霊)たちを虜にするセラドンを演じるのは、モデル出身でフランス映画界の期待の新星アンディー・ジレ。そして、若々しく健康的な魅力あふれるアストレには、ベルギーの大作家マルグリット・ユルスナールを大叔母に持ち、本作が初の映画出演かつ主演となるステファニー・クレイヤンクールが大抜擢された。彼女はもともと歌手志望で、フランス本国ではシャンソンのCD発売を今後予定しており、劇中ではその歌声も披露している。

「私はこの映画のあと、現役を引退するつもりだ。映画学生向けの短編を製作する計画はあるが、もう長編を撮影するつもりはない。87歳(インタビュー当時)という高齢もあり、映画演出、撮影に大変な困難を感じている。」
2007年にフランスで行われたインタビューでエリック・ロメールは、このようにコメントした。本作は、ヌーヴェルヴァーグを牽引し、各方面に多大なる影響を与えてきた巨匠エリック・ロメールの最後の長編監督作品となる可能性が高まっている。
ロメールが過去作品、特に『モード家の一夜』『冬物語』『満月の夜』で一貫して扱っているテーマは、愛する者への「貞節、忠誠(フィデリテ)」だ。本作でも、愛するアストレに誤解され、拒絶されてしまったセラドンは、誤解を解くよりも愛する人の言葉に頑なに従い、彼女の口から自発的に許しの言葉が発せられるのをただひたすら待ち、忠誠を尽くすのである。

本作は巨匠エリック・ロメールとフレッシュな俳優陣が贈る究極の純愛物語である。


原作は、17世紀文学サロン、特にパリの貴婦人たちの間で
大流行した小説『アストレ』


原作は、17世紀文学サロン、特にパリの貴婦人たちの間で大流行した小説『アストレ』
本作は、17世紀にオノレ・デュルフェという作家によって書かれた、大河ロマン小説の原点とも言われている『アストレ』(Astrée)が原作。全篇5,000ページで構成された原作は、当時のフランス文学サロンや知識ある女性たちの間で大人気となり、アストレのように、羊飼いでありながらも最高級の宮廷人のように話すことが理想とされた。
本作の映画化は、もともと“ポスト・ヌーヴェルヴァーグ”と位置づけられるピエール・ズカ(1943-95)という映画監督のプロジェクトであった。しかし彼は資金調達に失敗し、このプロジェクトは中止となってしまった。ズカの死後、エリック・ロメールが文選集でしか読んだことのなかったこの小説を改めて読み返して、自分が今まで撮り続けてきたテーマ「貞節、忠誠(フィデリテ)」と原作のテーマが同じであることから、また、原作の会話が持つクラシックかつ美しい言葉の響きを発見し、映画化を決心した。映画化されたのは、原作『アストレ』 5,000ページのうち、『我が至上の愛~アストレとセラドン~』(Les Amours d'Astrée et de Céladon)部分で、フランス本国では公開時にあわせて、この映画化された章のみ新しく出版されている。

そして、この原作は音楽界にも多大な影響を与えた。本作はオペラ化されたほか、宮廷音楽(Air de cours)、モテ(Motets)、カンタータ(Cantate)の題材として小説『アストレ』からアストレとセラドンの恋や、ニンフの誘いに困惑するセラドンなどが歌となった。フランスで本作が公開された2007年秋には、ヴェルサイユ・バロック・センターの20周年記念特別音楽祭でも「アストレの音楽」と題した演奏会が開催された。また、ル・コンセール・ダストレ(Le Concert d'Astree)、アンサンブル・セラドン(Ensemble Celadon)という二人の名から命名した古楽アンサンブルが共に1990年代末に誕生し脚光を浴びている。


5世紀、ガリア地方の大自然を舞台にした、
絵画の世界に迷い込んだような映像美

原作『アストレ』の舞台となっているのはロワール地方。ロワールは、多くの古城や世界遺産に登録されている「ロワール渓谷」で有名なフランス中央部分。
通常、映画を製作する際には音声を後から入れ編集するが、ロメールは撮影と同時に現場の音を録音する「同時録音」と呼ばれる手法を取る。そのため、開発が進んだロワールの土地ではこの同時録音が不可能と判断し、フランス中南部に位置するミネラルウォーターの採水地や温泉地として有名なオーヴェルニュ地方を3年かけて選び出した。
大自然の中での撮影は、天候に状況が左右されるので簡単にはいかないが、その代わりに、5世紀のフランスを、時空を越えて見事に再現することを可能にした。ロメールは、映画化をする際に原作が書かれた時代、17世紀当時の版画や素描にインスピレーションを求めた。そしてこのオーヴェルニュの自然の風は、当時の版画と同じように登場人物の衣装やスカーフをなびかせ、それらシーンはまるで絵画のような美しさを本作にもたらしている。